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福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)953号 判決

原告 福岡県高等学校教職員組合

右代表者 待鳥恵

原告 露口勝雪

原告 佐藤周三

右訴訟代理人弁護士 谷川宮太郎

同 吉田雄策

同 石井将

同 市川俊司

被告 梅野茂芳

右訴訟代理人弁護士 荒木直光

被告 松尾四郎

右訴訟代理人弁護士 平井二郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  原告らに対し、被告梅野茂芳は、別紙(一)記載の謝罪広告を、同松尾四郎は、別紙(二)記載の謝罪広告を、いずれも本文と日付は九ポイント活字をもって、その他の部分は一四ポイント活字をもって、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各朝刊(いずれも福岡県内の全地域で発行される版)、西日本新聞朝刊、夕刊フクニチ新聞に、それぞれ一回掲載せよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告福岡県高等学校教職員組合(以下原告組合という)は、福岡県内の公立高等学校の教職員約五三〇〇名をもって組織されている労働組合であり、原告露口、同佐藤は、いずれも原告組合の執行委員の地位にある。被告梅野は、自由民主党に所属する福岡県議会議員で、同県議会文教委員長の地位にあり、被告松尾は、福岡県教育委員会委員長の地位にある。

2  被告らの県議会における発言

被告梅野は、昭和四九年七月一〇日、第一八回福岡県議会定例会本会議において、代表質問として次のような発言を行った。

「一例をあげますと、浮羽東高校では、昨年六月八日夕方から九日未明までえんえん一一時間に及ぶ徹夜の団交が持たれております。校長が導かれて、団交の場に充てられた教室に入っていくと、そこには、同校教員のほか、他校や本部からの応援部隊が数一〇名詰めかけておる。一番前に黒板があり、その前に教師の高机がピシャッと黒板にくっつけて置いてある。その机の前に折りたたみ式のいすが、かけられるように開いて置いてあるが、その前に立たせ、両腕を水平に上げさせて、両方から柔道何段かの猛者が両腕をねじ上げておる。そして、たとえば、『学校運営の最高議決機関は職員会議にあることを認めよ』と迫る。校長が『そういうわけにはいかぬ』と答えると、『何を』と言って、さらに強く腕をねじあげる。からだじゅうを数名がかりで力いっぱいなぐる。ひざの裏の一番痛いところが、いすのパイプに当たって痛むが、そのひざがしらをいやというほどける。足の甲を強く靴で踏みつける。両肩を前から押さえつけて、腰が机のかどに当って痛むにもかかわらず、エイと、うしろにのめらせ、後頭部が机の表面につくまで押さえつける。その間の罵声、悪口の雑言は暴力以上である。あげくの果ては、床面に押し倒して、踏んだり蹴ったりの大リンチを加える。被害者が、ほんとうに自分は殺されるのではなかろうかと思うくらいのリンチを加えた。リンチを加えるほうでも、三時間もすれば、さすがに疲れると見えて、あら手と交代して、引き続きリンチを加える。便所に行くのも、厳重な監視つきであるというぐあいで、一晩中ものすごいリンチを加えられ、朝五時ごろようやく解放されたが、背骨が折れたのではなかろうかと思われるような疼痛を感じて病院にかけ込んだ。医者も驚愕し、まる裸にしたところ、からだじゅうが黒血だらけだった。

…………(中略)…………

校長もあまりの無念さに、他の校長に話したところ『あんたは初めて校長になったから知るまいが、それくらいのことはどこでもやっているよ』と答えたそうであります。浮羽東の校長は数人から暴行を加えられたが、うしろからげんこつでなぐられたりするので、全部の確認はできなかったが、その中の加害者四人ばかりは確認したと言っております。警察や県教委から事情聴取を受ける場合、後難を恐れてか、非常に控え目に報告しているのではなかろうかと思われます。」

右発言に対し、被告松尾は、即座に次のように答弁した。

「……管理職と高教組組合員である教員の意見が対立をして、そして校長交渉を強要する中で、不当に校長の行動の自由を拘束し、暴力行為が行なわれるということははなはだ遺憾でありまして、その報告がございましたので、校長、教頭及び関係者から詳細な報告を求めまして、またそれぞれの関係者の出頭を求めまして、調査を実施いたしております。現在の調査の結果だけを見ましても、御指摘のような事実が発生いたしておることは事実でございまして、これはまことに遣憾でございます。責任を感じておるわけでございます。」

しかし、被告梅野の前記発言中、「校長が導かれて団交の場に充てられた教室に入っていくと……」以下は全く事実無根(即ち、昭和四八年六月八日から翌九日にかけての浮羽東高校における寿美法道校長と原告組合との交渉の際、同校長に対する監禁、暴行、傷害にわたる事実はない。)のものであり、とくに前記傍点を付した部分で指摘している事実については、当の校長自身が、福岡地方裁判所久留米支部の佐藤周三外一名に対する監禁、傷害被告事件第六回公判(昭和四九年七月一七日)において、明確に否定する証言を行っており、さらに、被告松尾自身も後になって、被告梅野が指摘した前記事実は真実に反することを認めている。

3  被告ら発言の不法行為性と原告らの損害

被告梅野の前記発言及び同松尾のこれを事実として認める前記答弁は、浮羽東高校において原告組合の組合員らによる寿美校長に対する激しい、残酷きわまる暴力行為、集団リンチが行なわれた旨、故意に虚偽の事実を、県民の強い注視の下にある、公開された県議会の本議会において指摘したものであり、県会議員、教育委員長という公職を利用し、もっぱら、原告組合に対する県民の信用を失墜させようとの政治的意図にもとづき、演出した悪質な馴れ合いの質疑答弁であり、原告組合の社会的信用を著しく傷つけるものである。

また、これは、昭和四八年六月八日浮羽東高校において、寿美校長との交渉の際の行動が監禁、傷害罪に該るとして起訴され、福岡地方裁判所久留米支部において公判係属中の原告露口、同佐藤両名(両名は事実無根として争っている)が、あたかも、同校長に対し前記のような激しい暴力、残酷な集団リンチ等を行い、あるいはこれに加担したかのような印象を強く与えるもので、右両名の名誉を著しく傷つけるものである。

4  結論

被告らは、前述のようにして、福岡県民全体に対し、明らかに虚偽の宣伝を行い、原告らの社会的信用を著しく傷つけておきながら、原告らに謝罪の意すら表明しようとしない。

この不法行為によって損われた原告らの名誉の回復措置としては、被告梅野に対しては別紙(一)記載の、同松尾に対しては別紙(二)記載の各謝罪広告を、請求の趣旨記載の方法で掲載させるのを相当とする。

よって本訴に及ぶ。

二  請求原因に対する認否

(被告梅野)

1 請求原因第1項は認める。

2 同第2項のうち、被告梅野が、原告主張の県議会定例会本会議における代表質問に際し、その一部に原告摘示のごとき発言をしたこと及びこれに対し被告松尾が福岡県教育委員会委員長として答弁し、その一部に原告摘示のごとき発言をしたことはいずれも認め、被告梅野の前記発言中事実無根の部分があること、浮羽東高校校長寿美法道が明確に否定する証言を行ったこと及び被告松尾自身も真実に反することを認めていることはいずれも否認する。

3 同第3項のうち、被告梅野の発言及び同松尾のこれを事実として認める答弁が県議会の本会議においてなされたこと及び原告露口、同佐藤両名が昭和四八年六月八日から翌九日にかけて浮羽東高校において同校長寿美法道に対してなした所為が福岡地方裁判所久留米支部に対し監禁、傷害罪に該るとして起訴され、目下同庁にて公判係属中であることはいずれも認め、その余は否認ないし争う。

殊に、被告梅野はその発言中原告露口、同佐藤の氏名を摘示していないから、右両名の名誉を毀損することはない。

4 同第4項は争う。

(被告松尾)

1 請求原因第1項は認める。但し、原告組合の組織人員は不知、原告組合が労働組合であることは否認する。

2 同第2項のうち、昭和四九年七月一〇日、第一八回福岡県議会定例会本会議の席上、被告梅野が県立高校で起きた教職員による暴力事件をはじめとする違法行為について代表質問した際、その一部として原告ら主張のごとき発言があったこと及びこれに対し被告松尾が福岡県教育委員会委員長として答弁し、その一部に原告ら主張のごとき発言があったことは認め(但し、被告松尾の同発言として摘示されているもののうち、「現在の調査の結果だけを見ましても」以下の部分は後に発言を取消す旨の申出がなされ、右定例会会議録中からも正式に削除された。)、被告梅野の発言が全く事実無根のものであること、浮羽東高校校長寿美法道が明確に否定する証言を行ったこと及び被告松尾が暴力行為の発生を真実に反すると自認したことはいずれも否認する。

3 同第3項は否認ないし争う。但し、昭和四八年六月八日から翌九日にかけて浮羽東高校において同校校長寿美法道に対する暴力事件が発生し、これに関し原告露口、同佐藤が福岡地方裁判所久留米支部に監禁、傷害罪で起訴され、現在同裁判所に係属中であることは認める。

4 同第4項は争う。

三  被告らの主張

(被告梅野)

1 被告梅野の本件発言は、仮に暴行の態様等につき若干事実と齟齬する点があったとしても、主要な点(監禁、傷害に該当する所為があった点)では事実と符合しているから、名誉毀損に該らない。

2 また、被告梅野の本件発言は、被害者たる浮羽東高校校長寿美法道からの事情聴取にもとづくもので、同被告はこれを事実と信じて発言したものであり、かつそのように信じるにつき相当の理由があったというべきである。

3 のみならず、被告梅野の本件発言は、福岡県議会本会議において、県議会議員(文教委員長)として専ら県の教育行政をただすべく県立高校における校長に対する暴力行為について代表質問をしたものであり、議員の職務行為としての発言であり違法性を阻却される。即ち、

言論の自由は、一般国民にとっても民主政治のために必要な要件であるが、議員が議会でその職務を行うにあたって自由に発言表決できることは議会制度に不可欠の要件である。憲法はこの自由に対し、一般国民の場合以上の保障を国会議員に与え、議員の職務行為としての発言表決は、院外における民事上の責任や刑事責任ないし懲戒責任の原因にならないと定め、いわゆる免責特権を認めているが、この憲法の趣旨は地方議会における議員の職務行為としての発言についても尊重されるべきである。

(被告松尾)

1 被告松尾の本件発言は、第一八回福岡県議会定例会本議会の席上における被告梅野の代表質問に対する答弁としてなされたものであるが、原告らのように右発言中の一部を取上げ又は片言隻語を捉えて云々するのではなく、右発言が如何なる場所で、如何なる事情の下で、どのような問題に関連してなされたものであるかを考慮し、その発言趣旨を適確に理解すれば、何ら違法な発言でないことが明らかである。即ち、

被告梅野は、当日、「自由民主党県議会議員団を代表し、知事、教育長、教育委員長その他関係部長に質問をいたします」として、瀬戸内海環境保全臨時措置法の運用、県職員、教職員に対する懲戒処分に伴う昇給復元その他の問題についてそれぞれ質問した後、「次に、最近県立各高校で起きた教職員による暴力事件をはじめとする違法行為につきお尋ねします」として、「校長、教頭等に対する暴力行為は、私の知っているだけでも、浮羽工業、浮羽東、鞍手商業、筑豊、鞍手農業、田川商業、築上東、築上西高校等で起きており、その他職務義務違反、選挙違反、公務執行妨害、公文書毀棄などで処分を受けた者は、数一〇名に及んでいると思われます。福岡県立高等学校父母教師会連合会会報に暴力行為の実例が記載してあり、これを読んだ人々の間に一大センセーションを巻き起こしておりますが、この記事は、それでも紙面の都合上でしょう、真相よりもやわらかな表現になっております。一例をあげますと、……(請求の原因に摘示があるため一部中略)……からだじゅうが黒血だらけだった。レントゲン透視の結果、幸いに骨は折れていなかったが、全治二週間の傷害を受けたというのであります。

これが新聞で報道され、あわてたのが組合で、父兄はもとより、付近全戸に何千枚、何万枚という、全くでたらめを書いたチラシを繰り返し繰り返し配布して、校長が悪いと宣伝したのであります。校長が筑後市の寺の住職であるために、その門徒にまで、チラシを配布したそうでありますが、うそも百ぺん言えばほんとうになると言われているとおり、あれは校長が悪いのだという世論をつくってしまったというのであります。

これはまことに聞くにたえない残酷物語でありますが、校長もあまりの無念さに……(請求原因に摘示があるため一部中略)……控え目に報告しているのではないだろうかと思われます。私が本会議における代表質問でこの事件を明らかにしますと、また有形無形の迫害が加えられるのではなかろうかと、私自身もちゅうちょしましたが、教育の正常化と四百万県民を代表する者の立場から、県政と教育の姿勢を正すためには奮起せざるを得なかったのであります。そこで、今後予想される校長に対する報復手段については、警察と教育庁のほうで厳重に警戒の目を光らせていただきたいと思います。

ともかく、暴力手段の内容はひどいもので、築上東の校長など首の骨を捻挫させられ、むちうち症を起こし、三〇日間の加療を要した者もいるほどで、実に言語道断であります。一般市民の模範でなければならぬ先生によって、かかる暴力行為が行われることについては、何としても腹の虫がおさまりません。われわれ保守陣営では、たとえ主義主張は異っても、集団暴力をもって言論と行動の自由を抑圧するというような、非民主的なことは絶対にやらないからであります。

かかる違法行為、ことに暴力行為等に対して、県教委も警察も手ぬるいのではなかろうかと思います。われわれは、再びかかる違法行為が行われてはならないと思いますが、県教委の、過去の違法行為に対する対応のしかた及び今後の方針についてお伺いしますとともに、警察に対しても、今後とも厳正なる態度で対処していただくよう、強く要望いたします。」と質問したが、その発言の趣旨は、「浮羽東高等学校その他の例を挙げ、県立高校の一部において教職員による校長、教頭等に対する暴力事件をはじめとする違法行為が発生している。一般市民の模範であるべき先生によって暴力行為が行われることは遺憾であり、暴力行為に対して、県教委も警察も手ぬるいのでなかろうかと思う。県教委の過去の違法行為に対する対応の仕方及び今後の方針について質問するとともに、警察に対しても、厳正な態度で対処するよう要望する。」というものである。

右質問に対し、被告松尾は、福岡県教育委員会委員長として

「それから、学校の暴力事件の問題でございますが、これは非常に遺憾なことだと考えておりますし、教育委員会といたしましても責任を非常に感じております。生徒並びに父兄に対してはなはだ申しわけないというふうに考えております。社会からあらゆる暴力が否定される、基本的人権が尊重されねばならないということは、もうこれは当然のことでございますが、ましてや第二の国民の教育に当る学校教育の場で、暴力行為が行われるなんてことは、絶対に許すべきものではありません。学校現場で、児童、生徒の暴力行為はきびしく指導、禁止しております。そこへもってきて、直接児童、生徒の生活指導にあたるべき教員が、上司である校長あるいは教頭に暴力を加えるということになりますと、これは教員に対する、生徒はもちろん、父兄、一般の信望を裏切る、師表たるべき教員の品位を著しくこれは損うものと、残念ながら言わざるを得ないのでございます。それで、県立学校の管理運営あるいは教育指導計画の策定は、これは校長の責任において行われなくちゃならないということは、法律、規則等ではっきりしております。その運営にあたって管理職と高教組組合員である教員の意見が対立をして、そして校長交渉を強要する中で、不当に校長の行動の自由を拘束し、暴力行為が行われるということははなはだ遺憾でありまして、その報告がございましたので、校長、教頭及び関係者から詳細な報告を求めまして、またそれぞれの関係者の出頭も求めまして、調査を実施いたしております。(この間、議事録は削除)したがいまして、それぞれの内容を十分に検討いたしまして、近く厳正な措置をとる所存でございます。また、将来ともこういうことがあれば、どしどし厳正な措置をとってまいる所存でございます。」と答弁したが、その発言の趣旨は、「学校で暴力事件が発生することは非常に遺憾である。学校教育の場での暴力行為は許されるべきものではなく、まして児童、生徒の指導にあたるべき教員が、上司である校長等に暴力を加えることは、生徒はもちろん、父兄、一般の信望を裏切り、教員の品位を損うものである。暴力行為については、詳細な報告を求め調査のうえ、それぞれの内容を十分検討して厳正な措置をとる所存である。」というものである。

右に明らかなとおり、被告梅野の質問は、県立高校の一部において発生した校長等に対する暴力事件に関係して、包括して県教育委員会の姿勢を問うたものであって、暴力行為の一例として浮羽東高校の例等を挙げたのであるし、被告松尾は、このような理解の下に、県立高校において暴力事件が発生しているものがあることを認め、このような事例に関する教育委員会の対処の姿勢について包括的に答弁したものであって、各学校における個々具体的暴力行為の内容の一つ一つについてこれを答弁したものではなく、ましてや原告露口、同佐藤らの名前を挙げた事実もなく、特定の学校の名を挙げたこともないのであるから、原告らのように、右各発言の部分だけを捉えて、これが被告梅野の発言中にある個々具体的な学校、特に例示した学校における具体的暴力行為の一つ一つについてまでふれているかの如くに解することは不当である。現に、被告松尾は、右のように曲解される虞れのあることなどを慮り、同年七月一八日、議長に対し、同被告の右答弁中「現在の調査の結果だけを見ましても、御指摘のような事実が発生いたしておることは事実でございまして、これはまことに遺憾でございます。責任を感じておるわけでございます。」との発言部分を議事録中から削除するよう申出て、削除を認められたものである。これは、浮羽東高校を含め一部の学校で暴力行為があったことを否定したものではなく、右発言の一部取消しの前後を通じ、この趣旨に変化がある訳ではない。

いずれにせよ、原告露口、同佐藤が被告松尾の発言によって名誉を傷つけられたとするいわれはない。

2 また、被告松尾の本件発言は、福岡県教育委員会委員長としての職務行為としての発言であって、個人のそれではなく、しかも、浮羽東高校校長寿美法道が傷害を負わされるなど、同校をはじめ県立高校の一部において暴力事件が発生したことは事実である。現に右同校の事案については、監禁、傷害罪で福岡地方裁判所久留米支部に公訴が提起されて審理中であって、仮に、被告梅野の発言中の暴行の態様等につき若干事実と相違する点があったとしても、その主題である暴行、傷害等の被害が発生した点では事実と符合しているものである。

してみると、被告松尾の前述の発言は、虚偽の事実を公表した不法行為としてその責任を問われるべきものではない。

3 以上のように、被告松尾の本件発言は、福岡県教育委員会委員長たる同被告がその職務として福岡県議会で答弁なしたものであるところ、国家賠償法によれば、地方公務員が職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、地方公共団体がこれを賠償する責任を負うものとされており、かかる場合には地方公共団体のみが賠償の責に任ずるのであって、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、公務員個人もその責任を負うものではないと解されている(最高裁判所昭和三〇年四月一九日判決、同昭和四六年九月三日判決、同昭和四七年三月二一日判決等参照)。

従って、被告松尾の本件発言は、故意又は過失によるものでも、違法に原告らに損害を与えるものでもないことは前述のとおりであるが、仮にこれらの要件にあたるとされても、被告松尾個人が損害賠償の責を負ういわれはない。

四  原告らの反論

1  被告梅野が本件発言中で原告佐藤、同露口の氏名を摘示していないことは被告らの主張するとおりであるが、昭和四八年六月八日から翌九日にかけて行われた浮羽東高校における寿美校長と原告組合との交渉の際の原告佐藤、同露口らの行動が監禁、傷害罪に該当するとの理由で同原告らが同年六月二八日逮捕され、同年七月七日起訴されたことは、当時福岡県内で発行されているほとんどの日刊新聞で大きく、しかも同原告らの写真入りで報道されており、このことは福岡県の教育関係者はもちろん教育界の実状に多少でも関心をもつ大多数の県民にとっては公然たる事実であった。従って、被告梅野の本件発言中に右原告らの氏名の摘示がなくとも、同被告の指摘した浮羽東高校における寿美校長に対する「暴力」なるものが、同原告らの行為を指摘したものであることは歴然としており、そのような趣旨に受取られたことは明らかであった。この意味で、原告佐藤、同露口に対する名誉毀損は十分成立するというべきである。

2  前記の寿美校長と原告組合との交渉に際し、同校長に対する監禁、暴行、傷害にわたる事実は全く存在せず、被告梅野の指摘した寿美校長に対する同原告らの「暴行」は、右事案にかかる公訴事件の起訴状の記載及び同校長の公判廷における証言と比較してもおよそ異質の残酷きわまる激しいものであって、それ自体事実無根であり、被告梅野の発言が名誉毀損に該ることは、疑う余地がない。

3  被告松尾の本件発言は、被告梅野が浮羽東高校において発生した「暴力事件」なるものの内容として請求原因第2項記載のような具体的な事実を述べたのに対し、「現在の調査の結果だけを見ましても、御指摘のような事実が発生致しておることは事実でございまして」と、被告梅野の指摘した右具体的事実をすべて肯定したものであって、被告松尾主張のように、単に「暴力行為が一部で発生している」ことを抽象的一般的に認めたにとどまるものではなく、しかも、同被告の本件発言以前に、福岡県教育委員会は寿美校長ら関係者の供述にもとづき、右事件を捜査機関に告発しているという経緯があることからすれば、右告発の代表者である同被告は被告梅野の指摘した前記事実が虚偽のものであることを十分承知していたはずであるから、被告松尾の名誉毀損行為は、同人の故意によるものであると考えざるをえない。

従って、被告松尾の本件発言を正当なものであるとする同被告主張は理由がない。

4  公務員の職務上の不法行為と個人責任

公権力の行使にあたる公務員がその職務遂行するにつき不法行為を構成する行為があったとき、公務員個人が被害者に対し直接民法第七〇九条にもとづく損害賠償責任を負うか否かという一般的問題について、判例の大勢は否定的であることは被告主張のとおりである。

しかし、公務員に対する直接の個人責任の追求の可能性を認めることによって公務員の職務執行への国民の監視的機能を発揮できること、及び国又は地方公共団体からの金銭賠償のみでは被害者の損害の填補及び権利感情の満足という点において不十分な場合が存することを考えれば、公務員の個人責任を一般的に否定することは合理的な解釈とはいい難く、少くとも、本件のように、特別職たる公務員の故意又は重過失による名誉毀損の被害者が、名誉回復処分としての謝罪広告を求めている事案においては、公務員個人に対する直接責任を否定すべき理由は全くない。

即ち、本件において原告らは被告らの県議会における発言によって名誉を侵害されたのであるから、発言をした当の本人である被告らの名による名誉回復処分(謝罪広告)を得なければ、損害回復としては無意味であり、仮に福岡県の名において謝罪広告がなされたとしても、なんら名誉の回復にはならない。むしろ名誉回復処分の性格からして、福岡県を相手方として謝罪広告を請求できるかどうかすら疑問である。

従って、原告らにおいては、被告ら個人に直接名誉回復処分を求める正当な利益を有しているのであり、本件事案について被告引用の最高裁判例の一般的理論をそのまま適用することはできないというべきである。(なお、被告引用の各最高裁判例は、国又は地方公共団体の賠償責任の要件が充足されるすべての場合につき、公務員の個人責任の追求が許されないとする趣旨と解すべきではない。)。

第三証拠《省略》

理由

一  原告組合は福岡県内の公立高等学校の教職員によって組織されている組合であり、原告露口、同佐藤はいずれも原告組合の執行委員の地位にあること、被告梅野は自由民主党に所属する福岡県議会議員で、同県議会文教委員長の地位にあり、被告松尾は、福岡県教育委員会委員長の地位にあること、被告梅野が、昭和四九年七月一〇日第一八回福岡県議会定例会本会議において代表質問をなし、その中で原告ら主張のとおりの発言をし、これに対し、被告松尾が原告ら主張のとおりの答弁をしたことは各当事者間に争いがない。

二  原告らは、被告らの右発言及び答弁は、県立浮羽東高校校長寿美法道に対し原告組合の組合員たる教職員が激しく残酷な集団暴力を加えたとの虚偽の事実を公然指摘することにより、原告露口、同佐藤の名誉を毀損するとともに、原告組合の社会的信用を失墜させたものである旨主張するので、以下検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、左の事実が認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。

即ち、訴外寿美法道は、昭和四八年四月福岡県立浮羽東高校の校長として着任したものであり、同高校には原告組合の組合員が三七名、他の教職員組織に加入の組合員が五名であったところ、当時福岡県においては、同年二月学校管理規則が改正され、従前は議決機関とされていた職員会議が校長の諮問機関ないしは学内事務調整機関の性格をもつものとされ、また、教育委員会においては、学習指導要領に基き一時間の全員必須クラブを設けさせる方針であったところ、原告組合は、右の規則改正は校長の権限強化を図る不当なものであるとして右改正に基く運営に反対するとともに、必須クラブの設置にも教育上好ましくないということを理由に反対していた。そのような情勢下において、寿美校長は、着任以来、数回にわたり原告組合浮羽東高校分会と職場交渉をしたが、問題の解決には至らなかったところ、同年六月八日にも、主にこれらの問題をめぐって同校長と同分会との間で午後五時四〇分ころから浮羽東高校会議室において職場交渉が開かれることになった。そして、その交渉に入る直前に原告組合本部から執行委員である原告露口、同佐藤両名が同高校に来たが、当初は右交渉には加わらず、同校長と同分会組合員約三〇名との間で交渉が行われたが、互いに主張をくり返すのみで難航していたところ、同日午後八時頃に至り、同分会組合員以外にも右原告両名を含む原告組合員らが右職場交渉に加わるべく会議室に入ってきた。そこで、同校長は同分会組合員以外の者が入ってきたから交渉を打切るとして右会議室から退出しようとしたところ、原告佐藤、同露口両名は「なぜ出るか」などと言って同校長の腕を左右から強くつかんで椅子に引き戻して同校長が会議室から出ることを実力で阻止し、その後も翌九日午前四時四〇分頃まで交渉を打ち切って退去しようとする同校長を阻止し続けた。そして、その間(主として翌九日午前一時頃までの間)、右原告両名は、電話に応待すべくいったん会議室から出た同校長を強いて連れ戻すとともに、原告露口は同校長に起立することを命じたり、原告佐藤は、同校長の座っていた椅子を取り払い、以後同校長をしてやむなく翌九日の午前一時頃までの間立ち詰めにさせ、黙ったままでいる同校長に立腹し、「なぜしゃべらんか」などと言いながら、左腕をつかんで後方の長机の上に強引に押し倒し、左足を小脇に抱えて後方の長机の上に押し倒し、両足首をつかんで急に前方に引っぱって後方の長机に倒し、左腕をつかんで床の上にねじ伏せ、或いは、背広のボタンをつかみ、前後に揺振って背広の背割のところを破るなどの暴行を加え、翌九日午前四時四〇分ごろ、神山審議監ら県教育委員会の職員七名が同校長を救出するまで、同校長を会議室内に軟禁状態にした。その結果、同校長は、右の各暴行により、身体に痛みを覚えるとともに、身体の一〇ヵ所余に皮下出血痕がみられ、医師からは加療約一二日間を要する左胸部、左肘部、両下腿部、腰部打撲傷の傷害を受けた旨診断された。

以上認定した原告佐藤、同露口の暴行の内容と、被告梅野が県議会定例会本会議でした前記発言と比較すると、なる程個々の暴行の態様において異なるところのあることが認められ(即ち、《証拠省略》によれば、寿美校長自身、原告露口、同佐藤に対する刑事被告事件における証人として証言した際、被告梅野の発言のうち、立ったまま両腕を水平に上げさせられ、両方から柔道何段かの猛者に両腕をねじ上げられたこと、数名がかりで身体中を力一杯殴られたこと、膝頭をいやというほど蹴られたこと、足の甲を靴で強く踏みつけられたこと、両肩を押さえられて後頭部を後の机に押さえつけられたこと、踏んだり蹴ったりの大リンチを加えられたこと、殺されるだろうと思ったこと、後から拳骨で殴られたことの各事実はいずれもなかった旨述べていることが認められる。)、梅野発言の方に右認定事実以上の暴行があったような表現のあることは否めないが、原告佐藤、同露口の同校長に対する暴行、監禁行為及びそれによって同校長に傷害の結果を発生させたこと自体は認められるところであって、その基本的な事実関係は被告梅野の本件発言にあったとおりであるということができる。

(二)  《証拠省略》によれば、左の事実が認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。

即ち、被告梅野は、本件の代表質問に先立ち、昭和四八年一一月一一日、寿美校長が体育館改築に関する陳情のため福岡県議会文教委員長である同被告方を訪れた際、本件暴行を話題にとりあげ、同校長から直接に暴行の情況について聞く機会を得た。そこで、同被告は、直接の被害者たる同校長から事情を聞いたため、その話を真実であると信じ、それをもとにして代表質問を行った(この点、右の事情聴取が、とくに調査を目的としてとか、或いは公的なものではないけれども、第三者からの不確実な伝聞ではなく、暴行の直接の被害者からなされていることは重視してよいと考えられる。)。また、原告らにおいて明らかに争わない被告ら主張の被告梅野の発言内容全体に照らせば、同被告は、県議会における文教委員長として、本件の浮羽東高校に限らず、浮羽工業、鞍手商業、筑豊、鞍手農業、田川商業、築上東、築上西の各高校での暴行事件、その他職務義務違反、選挙違反等の事件を問題としてとり上げ(現に、《証拠省略》によれば、被告梅野が指摘した学校のうち、鞍手商業、築上東、築上西、浮羽工業等の各高校での暴行事件については公訴が提起され、或いは教育委員会から懲戒処分がなされ、ことに鞍手商業高校での暴行事件については既に略式命令による罰金刑の確定していることが認められる。)、その一例として本件の浮羽東高校の例をあげているのであって、それは、県会議員及び文教委員長としての立場から教育の正常化を図ろうとしてこれら問題に対する県教育委員会の姿勢を問うたものであって、ことさらに原告佐藤、同露口又は原告組合の攻撃を目的としているものではない(この点、被告梅野が、その代表質問中で個々具体的に原告らの名前をあげていないことは、原告らも認めるところである。)。

(三)  以上のように、被告梅野の本件発言内容は、正確を欠く部分を含むものの、基本的事実関係は事実と合致すること、同被告は被害者本人から直接事情聴取していること、同被告の発言は議員としての議会での発言であって、県議会における文教委員長たる同被告の立場からしてその目的も首肯できること等の事情を考慮すると、被告梅野の本件発言は、県会議員の議会における発言として許される範囲を逸脱した違法なものであったとは認め難い。よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告梅野に対する各請求は理由がない。

三  次に、被告松尾に対する原告らの請求の当否について案ずるに、前叙の被告梅野の質問に対し、被告梅野が同被告主張のとおり答弁したこと、その後同被告は右答弁中「現在の調査の結果だけを見ましても、御指摘のような事実が発生いたしておることは事実でございまして、これはまことに遺憾でございます。責任を感じておるわけでございます。」との発言部分を議事録より削除するよう申し出てこれを認められたことは、原告らにおいてこれを明らかに争わない。そして、右削除にかかる部分を除いた同被告の答弁内容は、前叙のような被告梅野の質問に対し、県教育委員会委員長の職にある者の立場から、「教員が校長や教頭に暴力を加えるというが如きは教員の品位を著しく損うものといわざるをえず、まことに遺憾であり、現在調査を実施しているが、事案の内容を十分検討のうえ厳正な措置をとって行く所存である」旨を述べたものにすぎず、格別問題とされる内容を含むものとは思われない。ただ、右削除部分中「御指摘のような事実が発生していることは事実でございまして」とある箇所を文字どおりに受け取るならば、被告梅野がその発言中で述べた浮羽東高校での事件における個々の具体的な暴行事実をすべてそのまま事実として肯定したかのように解しえなくもないところ、被告梅野の右発言部分が必ずしも正確でないことは前認定のとおりであるから、被告松尾の右発言部分もその限度で事実に反することとなる。しかしながら、被告梅野の質問及びこれに対する被告梅野の答弁をそれぞれ全体としてみるならば、被告梅野の右発言部分は、被告松尾の質問中にあげられた前記各高校における暴力事件その他教員の各種違法行為の発生を包括的に肯認したものと解するのが自然であると認められる。しかも、浮羽東高校における暴力事件に関しても、被告梅野の発言は大筋において事実と合致するものであったこと、そして同被告はその発言中に原告らの名をあげていないことは前記のとおりであるうえに、被告松尾が右問題の発言部分の議事録削除を申し出てこれが認められていることを併せ考えれば、同被告の本件発言が原告らの名誉ないし社会的信用を不法に毀損したとは到底認めることができず、他にもこれを認めるに足る証拠はない。よって、原告らの被告松尾に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないというべきである。

四  以上のとおり、原告らの各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 小川良昭 裁判官辻次郎は填補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 南新吾)

〈以下省略〉

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